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まわり道

今日は、青山の井上さん(椅子塾の主催者)で展示の打ち合わせ。

その近所に「駿河意匠」がある。10年前に1年ほどショップではなく事務所で働いていた。

負い目というのではないけど(クビになったので)
目標というわけではないけど、駿河意匠は自分にとって特別な存在だ。

井上さんの事務所で打ち合わせのあるときはつい覗く。








社会人としてのスタートはここから始まった。

青山という土地とは、縁があるのだなと思った。




「結果」という価値にこだわっている自分がいて
それは、ビジネスでは当たり前の話なんだけれども
こうして椅子塾に首をつっこんで
いろんな人と出会ったり、再会したり。
そのことをもっともっと楽しまなくちゃいけない。

そんな当たり前のことに気づくのに10年かかった。


金曜日に新しい社長を車で駅まで送った。
気をつかってくれたのか、私の出身地を尋ねてきたので
受け答えしているうちに、社長も九州で働いていたことや
福岡の「薬院」に住んでいたを話してくれた。

私も住んでいた。20年も前に。福岡に。


打ち合わせの終わった帰りの電車。

20年前に福岡のとある予備校に通っていた頃、
街頭アンケートをしている人に声をかけられ
のこのことついていった、そのときの人に似た人がいた。

何だろう、10年、20年という時間が過ぎて行ったことを
振り返っている自分がいる。

20年前の記憶は、ほんとうにずいぶん色褪せてしまった。
住んでいた場所の周囲のことは憶えていない。

あの時、声をかけてくれた人は(その人が属していた何かは)
人間として、私を受け入れてくれた訳ではないってことに今さら気がついた。
気づかってもらっていても「数」だったんだ。
それで、これほど引きずってしまったのだ。

こういうとらえ方が正しいのか正しくないのか
よくわからないが、そう思える。

そう認識されているって、自分で考えたくなかったんだと思う。

20年たった今、福岡の街頭で私に声をかけてくれた
あの人は、今どこで何を信じて暮らしているのだろう。

その人のセリフで憶えているのは、
私がその場にいない時、他の人と私のことを話していて
偶然聞こえてきた「○○くんは坊ちゃんだから…」

今、思い出せば何の反駁もできない、切り捨てられたような気持ちになる。

過去の噛み砕くことのできない出来事を
また、噛み締めている。



今の自分は誰に何故、必要とされているのだろう。

そして、自分は誰を何故、必要としているのだろう。



問いかけを避けてきた質問かもしれない。



愛されるのであれば、無条件で愛されたい。

そのくせ、愛するのは条件つきだったりする。


人の出入りがあって、それが自分だったらどうなのだろうかと
つい想像して、こんなことを考えている。
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by cubit-papa | 2005-08-21 00:00 | 覚え書き
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1967長崎生まれ。家具を中心としたデザイナーになるべく、マイペースな精進(?)の日々を送る。この猪口の量産化に向けて画策中。(最新形状です)天気がいいと仕事を中断しチャリンコに乗りたくなる症候群を発症。


by cubit-papa
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