モノ・コト・ココロ

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後輩からの電話

昨日大学の後輩から電話があった。自分の勤めている会社でつくっているアルミ製のあるモノを合板で作れないかと。そいつは変わった経歴の持ち主で、大学ではいろんなものつくってた。憶えているのは自転車のボディー、指輪、洋服。自分と同類の匂い。なぜか木工関係は私に任せる(?)感じだった。自宅の下駄箱を依頼され、作ってあげた。古い公団の玄関で、狭くってどう収納させようかと、デザインは大変だった。
年賀状もここ2,3年行き来なかったのに。いきなり、「合板でこういうのつくれますか…」と会話が始まって、私の顔はたぶん、終始にやけていた。
遠くに離れ、時間も過ぎているのに、こんな気分になれるんだな。あの頃が単純に懐かしいと思えた。なにも知らず、ただ、「つくりたい」気持ちで胸をいっぱいにして、大学の工房にかよっていた。楽しかったな。今の仕事もあの延長上であることは間違いない。そんなことを再確認できた。用事がないと電話なんてしない。その用事が彼に生じたことに感謝したい気分。必要とされているっていうメッセージ。なんかの役に立っているっていうことを自覚できるのは幸せ。ここんとこ、カラダ(とココロ)の調子くずしていただけに、うれしい電話だった。
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by cubit-papa | 2005-05-31 15:02 | 覚え書き

少年の頃の風景

一番に、思い出すのは小学校4年から中一まで住んでいた場所。
いわゆる、ニュータウンだった。

大きい道路を通す予定がまだまだ手付かずで
砂利をしいただけの、工事途中の道が家のすぐ近くにあった。

素振りやサッカー、爆竹(ぎりぎりまで待って水たまりに投げ、水面で爆発させてた、失敗すると、指がしびれて非常に痛かった⋯)や、水平打のロケット花火。(真似しないでね)

行き止まりの工事途中の道路。

いわゆる側溝というのがあって、子どもなら入れる大きさ。
でも、匍匐(ほふく)前進しかできない。

両端は開いているのは知っていたから、片方から潜り込んだ。
行けども行けども、出口は見えず、泣きそうになりながら進んだのを憶い出す。
途中、わずかにグレーチングから差し込む光が唯一の救い。

夏の暑い日だったと思う。

忘れられないな−。
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by CUBIT-PAPA | 2005-05-30 20:55 | 覚え書き

みそ汁の具

じゃがいも、わかめ、豆腐、油揚げがマイベストみそ汁の具。

今日は(というか、休みの日は大抵)朝ご飯は作るので
自分の飲みたいみそ汁の具にした。材料もあったし。

みそは自家製。1年越しかな?今年のはおいしい。
前回のは醗酵が進み過ぎたのか、色もみそというよりしょうゆっぽくて
味もいまいちだった。夏が暑かったからか?

みそ汁の出汁はいりこでとる。頭をとって
時間がないので、すぐ弱火にかける。
そのときにじゃがいもも入れちゃう。

ご飯が炊けてから、みそを溶き入れて
あつあつをいただく。

朝はというより、食事はご飯でないとダメな人です。
なんか、朝からパンだと、昼までエネルギーがもたない。

そうやって、はじまる一日はとても普通だけど
普通でありがたいです。

関係ないけど、子どもを始めて焼肉屋につれていったとき
お通しででてきたもやしのナムルを
「肉っ?肉っ?」と言って食べているのをみて
ちょっと恥ずかしかったのを思いだした。
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by cubit-papa | 2005-05-29 13:13 | 覚え書き

日本vsUAE(キリンカップ)

ジーコの采配はともかくとして
後半45分過ぎてからの、選手たちの顔つきは
失敗してもめげずに、何度も何度もゴールに向かっていた。

こんな時間帯に感じるのは
「あー、負けたぁ」という
気持ちが多いのに、昨日は、なんだか
ドイツ対アイルランド戦を思いだしてしまった。

あの愚直なまでのワンパターンの攻撃。
後半のロスタイム、ついにカーンから1点を奪う⋯。

バカが好きなんだな−。自分も懲りずにやろうと
勇気をもらえた試合だった。

でも、W杯予選は勝てーっ!!
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by cubit-papa | 2005-05-28 07:03 | 覚え書き

忙しさとさびしさ

「10年なんてあっという間」と言っている大人のセリフは
まるっきり腑に落ちなかった子ども時代。
(ここが大人と子どものちがいかもなぁ)
今は確かに、時間が早く過ぎる。
だいぶ、花粉症の後遺症も癒えて、仕事も打ち合わせなども今週は出かけた。

家では、かみさんは忙しそうにしてるけど、
自分の体力は維持するようにしている。
つまり、あんまり、サポートしてあげない。体力ないんだもん。
というより、調子にのると体調を崩すから。

いままでだと、自分も共倒れになるまで手伝ったりしていたんだけど。
もしかしたら、そういうのが正しいかもしれないけど、今は先に寝てます。

先代からの言い伝えでいやなのは
「人に迷惑をかけない」

そういう気持ちもわからないでもないし、つい自分の子にも言ってしまうときがある。
でも、それは自分には無理。自己犠牲的な生き方は過去のトラウマとも共鳴して
いやーな気分になるし。

自分の周囲の人が忙しくしていると、自分が取り残されたように感じる。
それは、たぶん周りに「甘え」てるんだろうな。
「甘え」をなくすことはできなくでも、(なくす必要もないし)
自分ひとりでいても、寂しさで押しつぶされない程度の
ココロは持ちたいです。(強がり?)
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by cubit-papa | 2005-05-27 16:58 | 覚え書き

販売店とメーカー

昨日は、いわゆる販売がメインの会社に打ち合わせに。幼稚園、保育園の什器(イス・テーブル・ロッカーなど)を販売する会社。
自分の社内では、企画しない(できない?)で、たまたま、就学前児童向けの商品を持っているうちの会社に「新企画」はないのかという話の流れで。多少なりとも、「顧客の要望」が聞けるかと思ったら、そんなものは聞けなかった。なんとかテーマなり、コンセプトを絞りこまないと、カタチなんてつくれないよーっ。あんたたちは、「手」を動かしてるの?って叫びたくなる。個人に責任はないんだろうけどさ。こういうしくみが使う人の想いがカタチにならない理由なんだって思った。

分厚いオールカラーのカタログに“一万円”とかいてあれば、製造メーカーは、販売会社に2000〜3000円で自分の会社の利益を含めた値段で出荷しないといけない。そうなると材料に使える金額は1000円を切る。加工費と利益を確保して、販売力のある会社へ売る。それに“一万円”の値札がつく。みんな知ってるのかな。販売会社さんたちはちゃんと金額に見合った仕事してる?まあ、製造メーカーの勝手な言い分かもしれないけど…。
打ち合わせに行ったのに、どんなモノがこれから必要とされているか、なんてことひとつも具体的に話せないんだもの。製造メーカーに丸投げして、「イイモノ」できるとおもってんのかー、わりゃーっ! 宝くじ買うようなもんじゃんか。

自分で自分の家族のために作った家具を商品化して、売り出した。
その頃は、こんなむちゃな値段のしくみは知らなかったから、ずいぶん原価に近い売値(笑)
はっきり言って儲からない。(会社の人からは止めろと言われる…)
でも、いいと思っている。そんなに儲かんなくていい。
お金はキラいじゃないけど、変に、執着したくもない。利幅がいくらあっても、売れなきゃしょうがないし。

ショップの人から、買ってくれるであろう人の懐具合の話を聞いて。
それを考慮しちゃうと、たいした利益なんて残るわけがない。

それでも、廃盤にはならずにすんでいる。
店によっては売れないことが何ヶ月も続いたり。
取り扱い店に顔を出せなかったり。

売るっていう意識がこんなもんなので
売り口上もぱっとしない。

今年に入ってようやっと梱包の中にアンケートをいれて、
返事が月に2〜3通戻ってくる。
そのメッセージはありがたい。
売り上げよりよほどありがたいです。ありがとうございます。

販売店はこの「声」を聞くこともなく、
メーカーに商品開発を押し付けるのはどうなの?凸ってます。
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by cubit-papa | 2005-05-24 21:07 | モノ・コト・ココロ

こんにちは、赤ちゃん

学生時代からの友人に第二子誕生。

おめでとう、よかったね。

素直に喜べる気持ちを持っているってことは、
自分も生きててよかったって思ってるってことだ。

そう、思えてないと、生まれてきてよかったねって言えないもの。

新しく誕生した命は、とっても尊く、大事。
多少、時間が過ぎた命だって、大事(笑)

あたらしい命さん、この世にようこそ。
ぼくたち、お古といっしょに生きていこう。

いろいろあるけど、まんざらでもないんだから。
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by cubit-papa | 2005-05-23 16:11 | 覚え書き

「なぜ?」も考える(モノづくり編)

カタチには、作り手がそのモノに何を求めているかが
よかれ、あしかれ出ると思います。

そして、そのメッセージや想いを持って見よう見まねでつくっている人が
モノづくりをする人たち。

生業としてと意識するまでもなく、
モノを選ぶこと、使うことでもその人(使い手)の「文化」がわかる。

世の中には(過去を含めて)いいモノがたくさんあることを知らないことをいいことに、
自分の想いをカタチにしてきて、
いろいろ、過去のモノと比較して、おおきいちいさい、おもいかるいとかを感じて。
(他人から感想を聞かされて…凹むんだけど)

そういう紆余曲折を経て、「今」の自分で、自分の想いを表現できたなーっていう
気持ちになれれば、とりあえず、よい。

商売は、その次(笑)。

昨日はコーヒー豆屋さんにいった帰りにそんなことを
かんがえてました。
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by cubit-papa | 2005-05-23 08:46 | モノ・コト・ココロ

「何が?」と「なぜ?」

「なんばしよーと?」の記事の中で書いてた、記憶の中の本が見つかったので
紹介しておきます。

【R】指定のような本のタイトルです。。
ビルとアンの愛の法則/ウイリアム・ナーグラー&アン・アンドロフ/TBSブリタニカ
タイトルだけ見て買った訳ではありませぬ。

引用しますと、


質問はこう聞いて欲しい

「何が?」と聞くべきであって、「なぜ?」と聞いてはならない。

「何があったの?こんなに遅くなるなんて」
「車が故障してね」
「なぜ遅れたの?」
「なぜって、私はヒドい人間で、クズだから、
 射殺されてもしかたがないんです」(おいおい、極端すぎるよ⋯)

前者は、事実ありのままの公平な叙述を求める質問である。
後者は、価値判断を迫る質問である。

「チューブの歯磨きにキャップがないけど、何があったんだろう?」
「あ、ゴメンナサイ、私が忘れたの」
これならいい。
「なぜキャップがないんだ?」
「なぜって、私はヒドい人間で、クズだから、
 射殺されてもしかたがないんです」
破滅である。


と書いてある。
確かに、極端なんだけど、言わんとすることはわかる気がした。
めずらしく、記憶に残ってるし。

で、「なんばしよーと?」ってほんとに意味深いなーと
感心したりもした。
そこから、会話がはじまるんだなーと、妙に腑に落ちた。

「なぜって、私はヒドい人間で、クズだから、
 射殺されてもしかたがないんです」
この言葉も、実は自己評価の低い私は
「なぜ?」と問われた時、答えていたセリフに近い表現。
何かをできない自分を、ただ「できません」と言えずに
「できないのは、脳ナシだから」って思っていた。
今でも、そういう時はあるし。

理由付けがあって、自尊心を持てるわけではないと思う。
そうであっては、生きていくのは、大変すぎる。

これ以上の結論はまだ、自分の中にないけれど
世の中的にたいした、価値がなくとも、
ぼちぼちと生きていきたいもんです。
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by cubit-papa | 2005-05-22 22:32 | 覚え書き

プチ森林浴

本日、午前中は近所の森へ行った。(千葉ですから)
野草に詳しい方が今回来てくれて、
「ほー」とか「へー」とか言いつつ、一緒に散策。

蚊もまだ少ないし、気持ちよい空気と木漏れ日を満喫。
光を透かして見る、新緑はほんとうにきれい。

しばし、日々の雑念を忘れるときを過ごせました。
(でも我にかえると雑念だらけです)

散策中はマイナスイオンとやらをたくさん吸い込もうと
深く、息を吸い込んでました。

子どもの頃、いわゆる新興住宅地を転々として暮らしていたので
こういう森の中の景色は自分が育った記憶にはない景色。

小学校の頃行った「少年自然の家」のオリエンテーリングの時の
景色なのかな。

森で遊べといわれても、うまく遊べない⋯。

昔からの「森の記憶」を持った方と一緒だと
今さらながら、その「溝」を感じてしまいました。

野草の会 番外編
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by cubit-papa | 2005-05-21 21:21 | 覚え書き
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1967長崎生まれ。家具を中心としたデザイナーになるべく、マイペースな精進(?)の日々を送る。この猪口の量産化に向けて画策中。(最新形状です)天気がいいと仕事を中断しチャリンコに乗りたくなる症候群を発症。


by cubit-papa
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