モノ・コト・ココロ

cubitpapa.exblog.jp ブログトップ

<   2008年 10月 ( 5 )   > この月の画像一覧

生きること

うれしい、やったーという気持ち
プラス
めっちゃ不安なので
こういうことを考えてしまうのでしょうが。

自分は舟に乗っていて、
その舟は「時間」という大きな川を
「命」を動力にすすんでいる。

いままで、「会社」という舟につながれていた。

そして、その「縁」を切る。

舵取りをこれからは自分でしなければならない。

その舵とりが日々の決断であり、行動で
舟の進む方向が決まる。

自分の知っている世界は
ある意味、ほんとうに狭いものだったと思う。

世界は広いということを、自分はその世界の
一万分の一も知らないことを
感じる。

認識の狭さは例えば、その舟についているライトの照射範囲のようなもので。

もしくは、角度かな。

これからは近くも、遠くも見ていかないと。

ただ、自分の能力以上のことをしようとは思わない。
悪いクセで、自分をおおげさにアピールしてしまう。
それは疲れるから、これからはやらないし、自分に求めない。



自分の舟で進んでいく。

進んでいく十分な推力はあるか、
方向をあやまらず、進んでいけるか。

なんの根拠もなく、生きることを
肯定し、

なんの確証もなく、行動する。

自分の過去の「クセ」は
(未来に対する予測)は
たぶん役に立たないから。

バカでけっこう、笑わば笑え、と進んでいこう。
[PR]
by cubit-papa | 2008-10-24 17:38 | 覚え書き

返事

九州の家具屋さんから、
色よい返事。

仕事としてデザインに取り組めそうです。
(かといって、いますぐ会社を離れるわけにもいきませんが…)

正直、ホッとしています。

いろんな縁でこういうところまで漕ぎ着けたんだ。

家具のデザインに関しては
会社の評価=自己評価という図式は
いかんとも、心の中に根強く。

そのことでどれだけ苦しかったか
くやしかったか。

でも、そのびっしりはびこった「根」が
すぽーんと、抜けたような感じです。

どうしても、自己評価だけではかわしきれない
部分だっただけに、うれしい。

(天○木工のコンペ落ちたし…)

このことをきっかけに、いくつか家具小売会社に
デザイナーとしての話を持ち込んでみようと思っています。

自分なりのというか、自分がある意味無理せずに取り組めて
クライアントにもその先のお客さんにも「益」があるような
しくみを提案して。

秋晴れの空を見上げると
空の青さが、こころの底まで
染み込んできます。(#^-^#)
[PR]
by cubit-papa | 2008-10-18 07:52 | 覚え書き

川を渡れば舟はいらない

川はいわゆる俗世間で
舟は両親が子どもの自分を助けていることの喩えだそうだ。

“鏡の法則”で有名な野口(下の名前忘れた…)さんの本の中にあった。

けっこう、利いた。

いまも頭の中をぐるぐるまわっている。

いっぱしにご飯食べるってことが対岸だとすれば
もうすでに、その舟から降り、
ずいぶん長いこと歩いてきたと思う。

それでもその舟は自分の心の中に
さまざまな「思考のクセ」のようなものを
残している。

その思考のクセが行動や感情に影響しつづけけている。
別の「思考のクセ」を持っているヒトからみれば
「?」なことでも、
その「舟」に乗り、「川」を乗り越えてきたという事実が
「根拠」となり、そのクセを持ち続ける。

なるほどねー。

すごくわかる。

インナーチャイルドとか、いわれるよりよっぽどわかる。
(なんか、どうしていいかわかんないし)

それに、前回の記事とは違うニュアンスだけど
「大人」になったら、もう舟はいらないんだよってことが

すごくいい。

いいっすねぇ。

舟、いらないんだよなーと
反芻しています。

もちろん、舟をこいでくれた両親には感謝しています。

でも、いわゆる「価値観」というものは
自分で選択してしていっていいんだと、いうことが
すごく、伝わってきたコトバ。

正直、行き詰っている自分には
雲間から光が差し込んできたような
心持ちです。
[PR]
by cubit-papa | 2008-10-15 08:11 | 覚え書き

大人という概念

ヒトというものはいちいち赤ちゃんから育っていくものなのだ
ということが腑に落ちた。

一人の個人は一話完結なのだ。

いつのころからか、自分の中には
大人という人種がいて、
(いまでもいるのだが)
なんでも知っていて、なんでもできる。

そういうイメージを他人(大人)に勝手に投影していた。

そうでない場合は、それを「個性とか性格」としてかたづけていた。

でもちがった。

代々継承していく「伝統」というやつも
継いで行くのは「型」であって
そうしたものも含めて、自分で獲得していくもの。

ある分野で、それなりの立場だから
「こんなこと、当然知っている」っていうのは私のカン違い。
立場や肩書きで、その人の知識を予測してもダメなのだ。
(まったくダメってわけじゃないけども)

その人が知っているかどうかというのは別なのだ。
たとえ、知っていても自分で
自在につかえるように知っているかということは別。

そして、

自分のなりたい肩書きのために
自分のそういう考えというか、ものの見方は自分に
必要以上に経験とか、知識とか、実績を課していたんだ
ってことに気づいた。

すごくまじめに
デザイナーというコトバの持つ
ステレオタイプを追いかけていた。

現実はいろんなデザイナーさんたちがいるのに
そういうことを、そうだよねとうなづけず
こうあるべきだと
追いかけ続けてきた。

もしかしたら、
もっとがんばれば
追い越せたのかもしれないけど。

でも、それは幽霊みたいなもので、
けっして手中に収められるものではないのかだろう。

そんなもの、求めずに自分にできることを
淡々とやれば、それでいいのではないかと。
そう考えてみても、大人な自分はそこにはいない。
で、混乱する。

でも、こんな自分でも、人の役に立てるみたいだし。
(かかわる人すべてに対してではないけれど←いちいちこう考える…)

他人がというか、大人っていう概念は
自分にとっては「神様」に近いものかもしれない。

だから、気持ちのどこかで
他人(大人)に対して、引け目を感じている。
けっして、追いつくことができず
自分は、そうなることもできない存在としての「大人」。

そんなの幻想。

っていうか、間違っているんだろうな、きっと。

そんな風に感じる今日この頃。

歳をとった。だから大人ではないし。
家族がいるから大人でもないし。
体の大きさではないし。
我慢ができるから大人、ではないし。


こうして混乱しているぐらいがちょうどいいのかもしれない。


こういう、私は大人には、なれてないなぁと思う。

自分の概念としての「大人」と自分は
決してイコールにはならない。なれない。

うーん。

「大人」ってことばに対しての「万能感」みたいなもの。

こいつが、くせ者。

あぁ。

そうした「万能感」って
人間はきっと欲して止まない生きものなのだろうし。

周囲の幼い人も歳をとった人も
ご同輩もいろいろと考えさせてくれる。
予測困難なことが最近、多い。
わからーんってことをみなさんやってる。

自分の行動だってほんとうのところは
自分に理屈で納得させることなんて所詮無理なのだろうけど。

なんか、いろいろかっこいいこと言ったり
やってみたりしてるけど
あやうい生きものなんだなぁ。

それに気づいた。

で、自分のなかの「大人」はまだいたりする。
[PR]
by cubit-papa | 2008-10-08 21:52 | 覚え書き

こんな感じ

c0040244_22381934.jpg

ベースになったのは肘掛けのある椅子の背とウェグナーのCH30の構造体(脚と座)。

ウェグナーの椅子もまた、過去の椅子をベースに作ったんだなということが
いろいろ調べているうちにわかりました。

あぁ、ほんとうのオリジナルなんてないんだな、
でも、いい「まとめかた」とか、「解釈」って
すげー大事ってことが今更ながら、染みました。

よく、考えてます。構造にしても、無駄がない。
材料もギリギリだし。すごいっす。

自分の考えている(デザインしている)椅子はまだまだです。

このディテールは九州の家具屋さんがご所望ということもあって
ある意味、「無名」を意識してます。(…わかりづらい文ですみません)

そういう、カタチをまとめるのもまたデザイナーの仕事って
思っているので、がんばってまとめてみました。

違和感、ないでしょ?

細かいところでかなり微調整しまくりです。

そういう「ひっかかり」を
がんばって
自分に嘘をつかないように取り除いていかないと、
目の肥えた人にズバッと指摘されて
トホホになります。

今度はちゃんと図面どーりに試作してもらって
再度、チェックして、量産してもらいたいです。

ちなみにテーブルもデザインしました。

別にオリジナルってわけでもないんですけど
こういうカタチの天板と脚の「つなぎ」のディテールはたぶんまだないのでは。

その割には、平凡ですが。

天板から脚に「すっ」とつながっていて
自己評価はなかなかです。

これなら欲しいっ。

それにしても最近のCADは
いい仕事してくれて、形状の確認は助かります。

でも、つくんないとわかんないこと
たっくさんあるんです(^^;)

そこをまた、図面に落とし込んで…。

そういうことを繰り返して
がんばっていければ、きっとよいデザイナーになれると
私は信じて、がんばります。
[PR]
by cubit-papa | 2008-10-02 22:38 | 家具のポートフォリオ
line

1967長崎生まれ。家具を中心としたデザイナーになるべく、マイペースな精進(?)の日々を送る。この猪口の量産化に向けて画策中。(最新形状です)天気がいいと仕事を中断しチャリンコに乗りたくなる症候群を発症。


by cubit-papa
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31